2006年05月29日

ちょっとお休みします

  お前、大きくなったな。
dora-riki.jpg        
                                         笠雲の変化                                             kasagumo-seichou.jpg   
お外遊び          
dora-14-hana.jpg        
 
   ちょっと太ったかな     dora-13-hakari.jpg      

 明日2ヵ月半ぶりにニセコに行きます。
 
 今までだったらルンルン気分だったのですが、今回はちょっと後ろ髪を引かれる思いです。というのは、BLOGを始めてから1週間が経ち、ようやく軌道に乗り始めた?のに、ニセコの家はインターネットがないからです。
 一度ADSLで試してみたのですが、NTT局から7キロ以上離れているため、0.12しか出ず、結局諦めました。街にインターネットカフェがあれば利用したいのですが、多分、3週間ほど更新できないと思います。ごめんなさい。

 今回ニセコに行く主たる目的は、家のメンテナンスとタケノコ採りです。それこそが私の生き甲斐であり癒しです。もちろんBLOG用の情報もしっかりゲットするつもりです。ご期待ください。ではまた。
posted by tosshy at 20:35| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

PC歴

dora-9.jpg              約10年前、マックファンだった長男の影響でマックを買いました。
 それを駆使?して別荘の設計図を描きましたが、所詮素人。プロによって原形を留めないほど変更されました。
  
 その後、バイオ、FMV、ダイナブックを買い求め、現在はFMVとダイナブックを使っています。

 現役時代は、退職するまでワープロを使いました。お上の都合でPCに切り替わり、官物のワープロを召し上げられましたが、私物を持ち込んで抵抗しました。ただ、最後の半年間は、インクリボンや感熱紙が支給されず自腹を切っていました。

 我が家は6年前にインターネットを導入しました。運悪く私が一人のときプロバイダーから連絡があり、オペレーターの指示を受けながら接続を試みましたが、細かい作業だし、専門用語?が理解できず悪戦苦闘でした。あまりに飲み込みの悪い私にイライラしてきた若いオペレーター氏は、「近くに若い人はいませんか」と言い出しました。また、どうしても両手を使う必要があったので、「受話器を持っています。どうしたら良いですか?」と聞きました。オペレーター氏から「受話器を顎に挟んでください」と言われたので、指示されたとおり、受話器を顎に挟みました。するとどうでしょう、受話器は口からも耳からも遠くなり、通話できないじゃありませんか。それでも受話器を顎に挟んだまま、大声で「うまく話せないのですが...」と訴えました。
 まるでコントのようなやりとりが30分くらい続いたでしょうか、かのオペレーター氏もとうとう業を煮やし、「私にはこれ以上無理です。誰かボランティアにでも頼んでください」と匙を投げました。ごめんなさい!親切なオペレーター君。でも、私もショックでした。











posted by tosshy at 01:48| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月28日

経年劣化

 S市の自宅から見えた彩雲とドラsaiunn.jpgdora-7.jpg 
 
 結婚後三十数年も経つと、かってあれほど燃えた恋の炎も今や跡形もなく燃え尽き、ただ惰性で暮らしているだけ、って夫婦がなんと多いことか。だからこそ、仲良く手をつないで身を寄せ合って歩く老夫婦が眩しく見えるのかもしれませんね。

 昭和40年代に流行った歌「愛の化石」の中に、「愛って耐えることなのね」というセリフがありました。それを聞いたときは、胸にジーンとくるものを感じましたが、今や心の劣化か、空しく響くだけ...。
 「愛でもないのに耐えるってどういうことなの?教えて!浅丘さん」
 
 
posted by tosshy at 22:46| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

生き甲斐

kasagumo.jpg                         annnupuri-2.jpg 
 上はデッキからの羊蹄山、下は裏手に見えるアンヌプリ(1308M)です。我家はアンヌプリの麓にあります。
 


現役で働いているときは、日々の仕事に追われ、「生き甲斐」などとあらたまって考えたことはほとんどありませんでした。
 しかし、こうして365連休状態になると、嫌でも考えざるを得ません。特に、年を取れば取るほど、「生き甲斐」を持つと言うことが大事なことだと痛感しています。それこそが、生きていく上で、最大のエネルギーだと思われます。
 
 妻は胸を張って言います。「私に採っての生き甲斐はテニス」と。そうでしょうとも。全てのスケジュールが、テニスとの絡みで決まっていることからみても明らかです。
 私はそっと小さな声で、「ニセコ暮らし」と呟きます。

 このように、二人とも「生き甲斐」を持っていますので、ある意味では幸せな夫婦かもしれません。しかし、残念ながら二人の「生き甲斐」には、いまのところ共通項がほとんどありません。
 
 私は現役時代から、「リタイヤ後は、妻と二人でのんびりとニセコで暮らしたい。」と考えていましたし、そうなるものと思っていました。ところが現実はそう甘くありませんでした。
 私の最大の誤算は、「私がリタイヤしても妻はまだ現役だった。」ということです。

 今はただ、妻が一日も早く引退してくれることを願うのみ。それまでは、妻のスケジュールに合わせてニセコに行くしかありません。
 子供たちは、「だったら、お父さん一人でニセコに暮らしたら?」と言いますが、分ってないんだよナ....。

 残り少ない人生だから、大自然に恵まれた、日本有数のリゾート地(T不動産の宣伝文句)を、夫婦でゆっくりと散歩しましょうよ。
 心地よく疲れた後は、林に囲まれた我が家に帰り、広々としたデッキで手作りのイスに座り、真正面に羊蹄山を眺め、小鳥の囀りや、すぐ近くを流れるJ川のせせらぎを聞きながら、ゆったりとモーニング珈琲を飲む。まさに至福の時間じゃありませんか。
 
 



posted by tosshy at 09:51| Comment(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月27日

可愛いでしょう

dora-6.jpg

dora-5.jpg

dora-4.jpg

dora-3.jpg

dora-2.jpg

dora-1.jpg 
 
リキが小さいころは、まだ我が家にデジカメがなかったので、もっぱらビデオで記録していました。ビデオからの画像の取り込み方がよく分らないし、何枚か写したスチール写真も見当りませんでしたので、リキの成長記録はしばらくお待ちください。
 しばらくの間、リキが草むらで見つけた子猫(ドラ)の成長記録をアップします。
posted by tosshy at 19:28| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

環境に優しいグッズ

うんことり2.jpg
便利ですよ。上の写真のようにビニール袋を被せ、外れないよう輪ゴムで留めるか、ひもで縛ること。

続きを読む
posted by tosshy at 12:37| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

こんなことも

 最近私がはまっているオヤツです

バニラロアンヌ.jpg 

 妻とテニスとの深い関係を如実に物語るエピソードをもうひとつ。
 
 1年ほど前、私が尿路結石になったときのことです。

 朝方、突然猛烈な痛みに襲われ、妻の車で病院に行ったのですが、そのときも妻はジャージー姿で現れ、病院に着くや否や,「大事な試合が近いので、これから練習に行きます。帰りはタクシーを拾って。」と言い残しと走り去ってしまいました。確かに痛みは少し和らいではいましたが、夫の病状は気にならないのか・・・?小さい子供じゃないから、病院の中まで付き添ってもらうつもりはありませんでしたが、せめて、「終わったら電話ちょうだい。迎えにいくから。」とぐらいは気遣ってほしかったナア。
 幸い、入院はしないで済みましたが、退職した直後で抜け殻状態だった私には、妻のこの仕打ち?はかなりのダメージでした。我が家における自分の存在感のなさを思い知らされました。妻にとってはごく普通の出来事に過ぎなかったのでしょうが・・・。
 今から思えば、そのあたりから妻が変身し始めていたたのかもしれません。

 ブログを始めて1週間が経ちました。

 最初は、何を書いたらいいのか皆目見当がつきませんでした。しかし、日を重ねていくうちに、書きたいことが次々に浮かんでくるようになり、目が冴えて何時間も寝付けないことがありました。

 また、このブログは妻も見ています。これまで何も言いませんでしたが、昨日初めて、納骨事件の記事について、「ちょっと書きすぎじゃない?」とその削除を要求してきました。しかし、「皆の反対を押し切って試合に行ったのは貴女ですよ.しかもそのとき、『私は間違っていません』と言い切ったのですよ。貴女とテニスとの関係を語る上で絶対はずせない出来事だと思っています。」と拒否しました。妻は、「それはそうだけど・・・」と言いながらも、渋々引き下がりました。いいことに、PCに弱い妻は削除や訂正の方法をしりません。
 ここで、横暴な?権力に屈したら終わりです。これからもいろいろ圧力をかけてくるかもしれませんが、「ペンは剣よりも強し」を確信してがんばります。

 昨日、久しぶりに隣町から里帰りした長女に、「お父さん元気になったね。」と言われました。婿殿が飲み会で留守とかで、私の様子を見に来たとのこと。もちろん、ちゃっかり夕食は食べていきましたし、私の大切なオヤツまでもパクパク食べていました。でも、いろいろ気を使ってくれてありがとう。貴女が母親の血を強く引かないことを祈ります。・・・無理か。
 だって、母親にそっくりだもの。




posted by tosshy at 02:04| Comment(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月26日

そろそろ

 自然の恵みに感謝!
takenoko.jpgタケノコ.jpg 今年は雪解けが遅くやきもきしていましたが、ようやくタケノコの季節が始まります。ここ2ヶ月ほどニセコを離れていましたが、今月末には行く予定です。タケノコ採りは、油断すると命を落としかねないと聞いていましたが、幸い我が家の庭先で採れます。
 写真は昨年のものですが、わずか30分間の収穫です。...で、シーズン中(約1ヶ月)に30本ほど瓶詰めを作ります。これで翌年まで美味しくいただけます。
 その他、ヤチ蕗、行者ニンニク、タラノ目、うど、秋田蕗等々山菜は実に豊かです。秋には山葡萄にラクヨウなどがびっくりするほど採れます。亡くなった義母が、それらを見る度に、ニコニコしながら、「ありがたいことです。」と言っていました。いずれ写真を掲載します。
posted by tosshy at 16:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ここまでくればご立派です

 昨日の写真のお口直しです。リキとドラ。ドラは、リキが散歩中に草むらで見つけた捨て猫です。生後1週間くらいでした。         riki-dora.jpg         
 妻が初めてテニスと出会ったのは、約30年も前です。

 同じ宿舎の奥様に誘われたのがきっかけです。そのころはほんの遊び程度でしたし、数年後次男が生まれたこともあってしばらく中断していました。
 ところが、やっと次男が歩けるようになると、何かにとりつかれたように次男を自転車(そのころはマイカーがありませんでした。)に乗せてテニスコート通いです。ですから、今でも次男は、「僕はテニスコートで育った。」と言っています。
 
 S市では勿論、転勤先でも地元のクラブに入り、頑張っていました。
 最初はC級でしたが、いつの間にかA級に昇級していました。
 
 ところが、妻が試合に出た日は家族は大変です。勝てばルンルン気分で家事が手に付かず、負ければ負けたで、側から声さえさえかけられないほどの落ち込みようで....。当然夕食は通夜のようです。そんなとき、決まって、「もうテニスは止めた」とつぶやくのです。たまに数日間落ち込んでいることがありますが、たいていは、翌朝何事もなかったように、「さあ、今度こそがんばるぞ!」と気合を入れています。
 
 また、帰宅後、しばしばテニス仲間と電話で長々と反省会?
 技術面、精神面と、門外漢にはかなり高度な内容に聞こえます。
            ............... 「お前たちはプロか?」 

 私は、「自由に好きなテニスができることだけで幸せだ。」と思っているの
ですが、妻にとっては、「やって当然」らしいのです。「だって、ミンナやってるもん。」.....。そりゃあそうでしょう。貴女の言うミンナは、限られたミンナだ!

 妻のテニスへの入れ込みようを示すエピソードをご紹介します。
 
その1 ジャージーで母親の臨終に駆けつけちゃった事件
 その日の昼ころ、義母が入院していた病院から自宅に「大至急来てください」電話があり、次男から連絡を受けた妻はテニスコートから病院に直行しました。ところが、医者から、「今夜がヤマ」と言われたとかで、テニスコートにUターン。しかし、夕方になって容態が急変。妻がジャージーのまま病室に戻ったときは、医者が義母の脈をとっているところでした。一応臨終には間一髪間に合いましたが....。
 子供たちから常日頃、「お母さんはお婆ちゃんの死に目に会えないよ。」と言われていましたが,まさにそのとおりになるところでした。そして子供たちに言われました。「お父さん。お母さんに見取ってもらうことは今から諦めておいたほうがいいよ。」  ....そのつもりです。
 
その2 納骨飛ばし事件
 テニスの試合と親の納骨がぶつかったとき、普通どちらを選択しますか?
妻はテニスの試合を選びました。「試合は前から決まっていたし、私が出ないと他の人に迷惑がかかる。」だって。重ねて言う。「お前はプロか?」

 



posted by tosshy at 11:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月25日

妻から鬼嫁に変身!

  写真の女性は、記事の内容と大いに関係があります。
oniyome.jpg               しばらく話題を「終の棲家」から変えます。

 1年前に私がリタイヤしたころからでしょうか、何か変なんです。
 
 朝はなかなか起きないし、たまに私より早く起きたと思ったら、たいていソファーに座ってテレビを見ながら珈琲を飲んでいます。それだけならいいのですが、いつまで待っても朝食が出てきません。
 仕方なく、自分でハムエッグとトーストを焼き始めると、「あっ、私も焼いて。」ときます。
 私が働いているときは、三十数年間、毎朝いつも朝食を作り、弁当も持たせてくれたのに....。この1年間、妻が作った朝食を食べたのは、多くて50パーセントでしょうか。そのくせ、「妻も定年があればいいのに。」と愚痴ります。
 ゴミだしもいつの間にか私の仕事になりました。
 
 妻は週5日は出かけます。もちろんテニスです。働いているときはまさかそんなに出ていると知りませんでしたし、私が帰宅するころには家に戻っていたので、別に気になりませんでした。しかし、ずーっと家にいると事情が違います。ストレスが溜まらないといったらウソになります。
 さらに、「今日もずーと家にいたの?何かやりたいことを見つけなさい。体に悪いよ。」と畳み掛けてきます。
 確かに妻が言っていることは正論です。しかし、やりたいことなどそう簡単に見つかるはずがありません。そこを分ってくれないんだよな...。

 こんなわけで、リタイヤ後の生きがいとして描いていた、ニセコ暮らしもままなりません。私の「人生の楽園」はどこにあるのでしょうか?

 しかし、戦いはこれからだ! 鬼嫁なんかに負けないぞ!

 

 

 
posted by tosshy at 22:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月24日

いつ建てる?

   我が家の庭に遊びに来た北キツネです。
011111-.jpg              
 このように、衝動的に別荘用地を買ってしまいました。
 
 土地は、約2500平方メートルあります。全部で約120区画ですが、ペンション用地を除けば一番広いところでした。ちなみに、平均1000平方メートルはあります。市街地から約6キロ離れており、スキー場までわずか700メートルほどです。

 私としては、退職までまだ6年ほどありましたし、資金繰りも大変だったので、家を建てるのはその後にしようと考えていました。ところが、妻が、「今すぐ建てよう。土地を持っているだけでは意味がない。」と言い出しました。言われてみれば確かにそうだし、結局2ヵ月後にはデザイナー(一級建築士)とコンタクトを取りました。

 
posted by tosshy at 23:49| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リキとの出会いそしてニセコへ

  我が家から見る、蝦夷富士(羊蹄山)1898Mの雄姿です。
030923-024.jpg          十勝の大自然に魅かれつつも、「何かが違う。」という気持ちを払拭できないまま2年が経ちました。しかも、中学に進学することになった次男を連れて妻がS市に帰ったため、その後はO市とS市の間を行ったり来たりの生活を余儀なくされ、終の棲家への思いは次第に薄れていきました。

 ただ、ひょんなことから生後40日のリキというラブラドールをS市の自宅飼うことになり、リキと散歩する度に、「大自然の中で、自由に走りまわせてやりたい」とは思っていました。

 1年後、希望がかなってS市に転勤できました。            
 我々夫婦は、私の勤務地だった九州のM市で所帯を持ったのですが 一人娘を手離した後、S市で一人暮らしをするようになった義母蕁麻疹が出来るほど寂しがっていると聞かされ、北海道への転勤を希望し続け、5年後ようやく道東のK市に上陸できました。3年後S市に帰還しました。それからは、自宅のあるS市を基点に、地方都市(A市やN市)に行っては戻るという生活を送っていました。                      
 ですから、妻にとってS市は特別のところのようです。勿論、デパートもありますし...。                           
 
 その年の夏、家族で道南の檜山地方を旅行した帰り、別荘地分譲中の幟につられて寄り道をしたのが運命の別れ道でした。
 道路が行き止まりになり、曲がりくねった道をバックしようとしたのですが、側溝に脱輪し、親切なT不動産の方の助けを借りるハメになりました。
 JAFが来るまでの間、彼と雑談しているうちに、「まだ売り出し前ですが、とてもいい物件があります。見ていきませんか。」と言われたので、深く考えないまま付いて行くことにしました。
 するとどうでしょう、そこだけ、うっそうとした森の間から、あの羊蹄山が真正面に見えるではありませんか。(まさに上の写真)         それまで、不動産広告のチラシを目にしたときは、良いところはほとんど「済み」になっていたので、勿論「これはチャンスだ。」と即決しました。
 後で妻が、「悪い予感が当たった」と笑っていました。

 こうして、いよいよ夢の終の棲家ゲット大作戦が始まりました。
 リキの成長を記録した写真も順次アップします。





   
posted by tosshy at 12:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月23日

圧迫感

冬至の日差し.jpgP5230025.JPG                            冬至のときの日差しの状況と現在の庭。 コノ窓から外を眺める度に気が滅入ってしまいます。早くここから逃げ出したい!近隣と比べればまだましな方ですが。間もなくあのニセコと遭遇します。
posted by tosshy at 15:55| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マイホーム2

 転勤族にとって、自宅を持つメリットは沢山事があります。特に転勤が楽だという事です。宿舎と違い、離れるとき掃除が簡単です、修繕費もかかりません。荷物も必要最小限のものだけでよく、ほとんどがガラクタに近い全財産を運ばなくて済みます。

 このように、自宅を持ったことで楽をしてきましたが、庭付き一戸建てとは言え、所詮狭小住宅です。絶えず目の前に隣家の壁が迫り、肝心の冬は隣家の屋根に遮られ、一階の窓はほとんど陽が入ってきません。
 都会に住む以上仕方がないのかもしれませんが、言いようのない圧迫感が次第に強くなり、十数年前から、「このままコノ家で終わりたくない。南に障害物がない、広い敷地に家を建てたい。そこを終の棲家にしたい。」と思い始めました。

 幸い偶然O市に転勤になったので、終の棲家を求めて十勝平野をくまなく走りました。いかにも北海道的な広大な平野、そして豊富な温泉。心はかなり傾きました。
posted by tosshy at 15:30| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マイホーム

050607youtei.jpg 全国規模の広域異動を余儀なくされる職種でしたし、お金もなかったので、奉職後約10年間は、九州のM市や道東のK市と、当然のこととして公営アパートや宿舎住まいを続けていました。常日頃上司や先輩などから、「マイホームを持つような奴は出世できない」と言われていましたが、出世するしない以前に持てるはずがないと思っていました。

 ところが、S54年に道央のS市に転勤になり、やっと入れた宿舎が、「ぼろ北住宅」と呼ばれていた、室内をワラジムシが我が物顔で動き回る古い建物でした。しかも、内地で生まれ育った小生にとって初めてお目にかかる石炭風呂だったため、うまく炊くことができず、毎日が燻製状態でした。いざ入ろうとしたとき、沢山の例の先客が入っていた(茹で上がっていた)こともしばしばでした。また、北側の部屋は年中ジメジメしていて、床も抜けそうだったため、物置にも使えませんでした。
 
 その後、不満タラタラの家族(このときは鬼嫁と長女、長男)をなだめながら、何とか暮らしましたが、鬼嫁から毎日のように、「もうイヤだ。このままだと病気になる。自分の家がほしい」と言われ続けてていたので、冷かしにマイホームセンターを見に行きました。それが運のつきで、結局、セールスマンの口車に乗せられ、建売住宅を買ってしまいました。
 そうそう、このころはまだ鬼嫁とは感じていませんでしたので、妻と書くべきでしょうね。ですから、妻から鬼嫁に変身するまでは妻と書きます。

                              
posted by tosshy at 14:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月22日

....てな次第で始めました。

年金生活の活用.doc
 30数年の役人生活に終止符を打ってから1年余が過ぎました。
 定年の5、6年くらい前から、一日でも早く仕事から解放されたいと考えていましたが、退職する半年前ころから、漠然とした不安を感じるようになりました。そして、退職直後からいわゆる「うつ状態」に陥りました。
 働かないことへの罪障感故か、平日、普通の人が働いている時間に普段着で外出することに言い知れぬ抵抗を感じ、鬼嫁に命じられるゴミだしや道路掃除のとき、近所の奥さんたちの視線が怖くてなりませんでした。理屈では働かなくてもいいことは分っていましたが、働かない自分を受け入れられませんでした。
 さらに、毎朝、大学生の次男から、「お父さん、今日は何をするの?」と聞かれるのが辛かった...。 何もすることがない自分、何もできない、しようとしない自分に嫌気がさし、ますます鬱になりました。写真は、そのようなときに出した退職の挨拶状です。
 退職後の余生?を考えて、8年ほど前ニセコにセカンドハウスを作っていましたので、退職後は思う存分リゾート生活を送るはずでしたが、人生そう甘くはありませんでした。本当に次々にいろんなことが起きました。
 そんな折、毎日のようにもめている両親(ヒッキーの父と、テニス狂いの母)の姿を見かねたらしく、次男からブログを薦められました。自分でもこのままではダメだと考えていたので、思い切って始めることにしました。次男に続いて長女からも薦められましたし、実技指導は長男がしてくれましたので、おそらく子供たち(一姫二太郎)全員で相談したものと思います。
 ともあれ,こんなわけでブログなるものを始めましたので、よろしく御願いします。書きたいことは山ほどありますが、何せ、三十数年間味も素っ気もない公用文しか書いていませんでしたので、きっと面白くないとは思いますが、読んでもらえる文を目指して日々努力します。
 家族、ペット、第二の人生、ニセコetc さて、明日は何について書こうかな。
 
posted by tosshy at 22:26| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月21日

まだまだ練習

写真アップ5
060521_1.jpg
posted by tosshy at 15:11| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

もっと練習

写真アップ4
060521_4.jpg
posted by tosshy at 14:26| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

テスト3

写真アップ3
060521_3.jpg
posted by tosshy at 14:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

開設練習3

写真アップ3
060521_2.jpg
posted by tosshy at 12:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

テスト2

写真アップその2
060521_001.jpg
posted by tosshy at 12:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

開設・テスト中

P1010272new.jpg
posted by tosshy at 11:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
ブログランキング"banner_02.gif"

cropped-cropped-Logo-SKV02.png