2006年05月23日

圧迫感

冬至の日差し.jpgP5230025.JPG                            冬至のときの日差しの状況と現在の庭。 コノ窓から外を眺める度に気が滅入ってしまいます。早くここから逃げ出したい!近隣と比べればまだましな方ですが。間もなくあのニセコと遭遇します。


posted by tosshy at 15:55| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マイホーム2

 転勤族にとって、自宅を持つメリットは沢山事があります。特に転勤が楽だという事です。宿舎と違い、離れるとき掃除が簡単です、修繕費もかかりません。荷物も必要最小限のものだけでよく、ほとんどがガラクタに近い全財産を運ばなくて済みます。

 このように、自宅を持ったことで楽をしてきましたが、庭付き一戸建てとは言え、所詮狭小住宅です。絶えず目の前に隣家の壁が迫り、肝心の冬は隣家の屋根に遮られ、一階の窓はほとんど陽が入ってきません。
 都会に住む以上仕方がないのかもしれませんが、言いようのない圧迫感が次第に強くなり、十数年前から、「このままコノ家で終わりたくない。南に障害物がない、広い敷地に家を建てたい。そこを終の棲家にしたい。」と思い始めました。

 幸い偶然O市に転勤になったので、終の棲家を求めて十勝平野をくまなく走りました。いかにも北海道的な広大な平野、そして豊富な温泉。心はかなり傾きました。
posted by tosshy at 15:30| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マイホーム

050607youtei.jpg 全国規模の広域異動を余儀なくされる職種でしたし、お金もなかったので、奉職後約10年間は、九州のM市や道東のK市と、当然のこととして公営アパートや宿舎住まいを続けていました。常日頃上司や先輩などから、「マイホームを持つような奴は出世できない」と言われていましたが、出世するしない以前に持てるはずがないと思っていました。

 ところが、S54年に道央のS市に転勤になり、やっと入れた宿舎が、「ぼろ北住宅」と呼ばれていた、室内をワラジムシが我が物顔で動き回る古い建物でした。しかも、内地で生まれ育った小生にとって初めてお目にかかる石炭風呂だったため、うまく炊くことができず、毎日が燻製状態でした。いざ入ろうとしたとき、沢山の例の先客が入っていた(茹で上がっていた)こともしばしばでした。また、北側の部屋は年中ジメジメしていて、床も抜けそうだったため、物置にも使えませんでした。
 
 その後、不満タラタラの家族(このときは鬼嫁と長女、長男)をなだめながら、何とか暮らしましたが、鬼嫁から毎日のように、「もうイヤだ。このままだと病気になる。自分の家がほしい」と言われ続けてていたので、冷かしにマイホームセンターを見に行きました。それが運のつきで、結局、セールスマンの口車に乗せられ、建売住宅を買ってしまいました。
 そうそう、このころはまだ鬼嫁とは感じていませんでしたので、妻と書くべきでしょうね。ですから、妻から鬼嫁に変身するまでは妻と書きます。

                              
posted by tosshy at 14:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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