2006年12月28日

年越しはニセコで...。


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 12月16日、タイ北部の旅行を終えやっとバンコクに戻りました。延べ5日間、総走行距離は約1000キロでした。

 翌朝シャングリラホテル10階から写しました。日曜日だったせいか、車も船も少ないようです。


 このまま続きを書きたいところですが、今日の午後からニセコに行く事になりましたので、しばらく休みます。
 
 残る三日間のうち二日はアユタイと水上マーケット観光、ニューハーフショウ鑑賞?、最終日は自由行動です。いずれ報告するつもりです。



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 ニセコに家を建ててからは、毎年正月はニセコで過ごしています。ニセコでの年越しは、今度で丁度10回目になります。

 最初のころは子供たちが揃っていて賑やかでしたが、年々来なくなり、今年はとうとう年寄り二人だけの越年となりました。
 
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2006年12月27日

タイ旅行  その12...スコータイからバンコクへ

 12月16日(6日目)

 トップランドホテル16階から見た朝日は素敵だった。
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 今日は、ピサヌローク市内とスコータイ史蹟公園を見学し、夕方の飛行機でバンコクに戻ることになっている。

 出発が少し遅かったので、朝食の後ホテルの近くを散策した。歩いていて何だか臭いナと思ったら、本通りの下を流れる下水が土管ではなく、格子状の鉄の蓋をしただけの溝だった。中を覗くと色んな汚物が見えた。臭いはずだ。
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 バンコクに続く鉄道の線路沿いに、粗末なバラックが並んでいた。
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 タイ最高の美しさと称されている仏像。金ぴかではあるが、確かに重厚感のある美しさだ。
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 このホテルで昼食。これまたタイ式ラーメンだったので食欲をそそられる物はほとんどなかった。
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 ただ、リゾート風ホテルの庭はきれいだった。
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 スコータイ史蹟公園。東西、南北とも2キロはありそうな、広大な敷地の中に色々な時代の史蹟が集まっている。
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 史蹟も立派だが、木の大きさに圧倒される。
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 マンゴウの大木らしい。
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 あまりにも広いので、これに乗って回っている人もいる。
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 それにしても沢山ある。どれも貴重な史蹟らしい。
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 飛行場らしからぬスコータイ飛行場。
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 ローカル空港ならではのユニークな表示板。
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 真赤な夕陽に浮かぶ植木のシルエットが美しい。小鳥も止まっている。
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 ゲートを出た後、遊園地の乗り物のようなこのバスが飛行機まで運んでくれる。
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 プロペラ機に乗るのは何年ぶりだろうか...。
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 バンコク・スワナプーム飛行場の立体駐車場
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 空港にはララさんが迎えにきてくれていた。

 ナンだかんだで到着が2時間近く遅れたし、二人とも疲れきって食欲がなかったので、夕食(タイしゃぶ)をキャンセルしてシャングリラホテルに直行してもらった。ここは3連泊だ。

 残り後3日。頑張るしかない!

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タイ旅行  その11...チェンマイからピサヌロークへ

12月15日(5日目)

 楽しいはずの旅行も、このときは、正直言って「やっと半分か」という気持ちだった。

 今日は、チェンマイから300キロ南のピサヌロークまで移動する。途中、スィーサッチャナライ遺蹟公園を見学する事になっている。


 ホテルの外壁に見られたひび割れ。階と階の間に何箇所もあった。タイは地震が少ないので大丈夫なのか...。
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 途中立ち寄ったドライブインの有料トイレ。これがタイの標準的トイレらしい。もちろん紙はない。できるものなら大は遠慮したい。
 ちなみに1回5バーツ。出るとき、入り口でオバサンが手を差し出して「きもち。気持ち」と言う。小銭だけは欠かせない。
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 川の側にあるレストランで昼食。これまたコース料理。見ただけで食欲減退。
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 しかし、ヨーロッパ人と思われる団体がガツガツ食べている。
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 竹を編んだ蛍光灯のカバー
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 レストランの庭
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 シェーなんとか遺蹟公園の入り口。とても広くて美しい。
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 ガイドさんが色々説明してくれたが、全く覚えていない。あまりに熱心に説明してくれるため、時々相槌を打たなければならず、思うように写真が写せなかった。
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 3000年前の人骨を発掘していた。
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 タイの道路は想像以上に立派だった。ガイドさん(タイ人)はそのことが自慢らしく、工事中の道路に差し掛かると、「ごめんなさいね。あと3年で完成します。それまでの辛抱です」と言っていた。
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 道端の草木は、舞い上がる赤土の土埃で無残に汚れていた。
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 この日は明るいうちにホテル(ピサヌロークのトップランドホテル)に着いた。16階からの眺めはまずまずだ。回教の寺院が見える。

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 久しぶりに可愛いシャワーに出合った。しかし、紙があるのでお世話にならなくて済む。
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 タイのコース料理にギブアップ状態だったので、ガイドさんに夕食の変更を頼んだ。すると、連れて行ってくれたのが、タイ式ラーメンの店だった。勘弁してよ...。お腹が空いているはずなのに食欲がないなんて、これまで経験した事がない。


 食事の後、人力三輪車で「空飛ぶ野菜炒め」を見学に行った。途中、虫のカラ揚げを専門に売っている屋台があった。
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 「空飛ぶ野菜炒め」は、あまりにもチンケだったので割愛する。

 ナイトバザールの風景。結構活気がある。
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 人力三輪車の運転手。見るからに逞しいオバサンだ。
 この町では、人力三輪車が道路中央を車を従えて我がもの顔に走っている。また、人力三輪車が右左折するときは、対向車がちゃんと止まってくれる。人力三輪車優先が徹底しているらしい。
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タイ旅行  その10...首長族

 象の後はピン川の筏下りだ。

 太い竹を縛っただけのいたって簡単な筏で、岩にでもぶつかったら壊れそうだ。人が乗るとその重みで少し沈み、靴が濡れる。
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 川幅は広いところで5〜60メートルほどだろうか。流れは日本の川に比べると緩やかである。しかし、ところどころに急な流れがあり、結構変化に富んでいる。
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 左岸には別荘らしき家が点在している。ガイドによれば、小さいものだったら300万円位だそうだ。...でもねぇ。
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 象の姿も見えた。野生にしては大人しい。多分筏下りの客へのサービスで放し飼いにしているのだと思う。
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 45分ほどでゴールに到着。途中、船頭さんから竹竿を渡されたのでしばらく筏を操ったが、なかなか思うように進んでくれない。それでも船頭さんに「ベリーグッド。ナンバーワン!」と褒められた。
 残念だったのは、オニヨメがビデオカメラを使えないため、私の雄姿が永遠に記録に残らなかったことである。
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 筏からチャーター車に乗り換え、お目当てのカレン族(首長族)の集落を目指した。

 ガイドブックによれば、カレン族はタイ西北部の辺境の地メーホンソーン地区に住んでいる事になっているので、ロングドライブを覚悟していたが、何と1時間も走らないうちに着いてしまった。

 カレン族の集落までは徒歩で20分ほどだった。途中別の少数民族の集落があった。例によって見慣れた土産を売っている。この女性はどう見ても首は長くない。
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 建物の中を見学する事ができた。
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 この女性は、多数民族短足族ジャポニカである。
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 大きいススキ?に見とれていたら、ガイドさんが「サトウキビです」と教えてくれた。
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 カレン族の集落の様子。野菜がキレイに植えられている。
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 一緒に写真を撮れて嬉しかった!
 それにしても、首に巻いた真鍮の輪が重そうだ。実物を手にしてみたが、とても重かった。何とも理解しがたい風習である。
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 この娘さんも、機を織る手を休めて写真に応じてくれた。実際は我々も一緒に写っているが、アップに堪えないほどしょぼくれた表情だったので敢えてトリミングした。
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 カレン族の女性は、この娘さんに代表されるように、憂いを帯びた可憐な表情の美人が多い。何だか可哀想で、できるものならあの真鍮の輪を取り外してやりたい、と思った。
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 集落の中を見学しているとき、ガイドから、

 「この集落は観光用に作られたもので、彼らが実際にそこで生活しているわけではない。カレン族は、元々ミャンマー(ビルマ)から逃れて来た難民でタイ国民ではない。そのため、勝手に都会に出て働く事ができず、観光客相手に彼らの生活を見せ、自分たちが作った民芸品を売ることで生活の糧を得ている。子供たちは学校にも行けない」

と説明を受けびっくりした。同時に、物見遊山気分で来た自分の無知を思い知らされた。

 ただ、ガイドによれば、最近は独学で勉強する子供がいるらしく、粗末な建物の片隅で10歳くらいの女の子が本を読んでいる姿をみて、少し救われた気持ちになった。

 その集落で沢山土産品を買ったことは言うまでもない。

 
 ホテルの窓から沈み行く夕陽が見えた。 靄かスモッグか...。     14-hoteru-
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 夕食はまたしても盛り沢山のコース料理だった。タイ北部の郷土料理らしかったが、私にとっては北も南もない。皆同じだ!

 夕食後、オニヨメは一人でタイ式マッサージ(2時間コース)に出かけた。帰ってきたオニヨメの感想、

 「痛くはなかった。体が軽くなったような気がする。丁寧にやってくれたのでチップを100バーツ渡したらとても喜んでた。でも多すぎたかな」

 いいじゃないですか、そのくらい...。

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2006年12月26日

タイ旅行  その9...象トレッキング

12月14日(4日目)

 今日の予定は、象に乗ってのトレッキングと筏下り。その後がお目当てのカレン族(首長族)集落の見学。

 シェラトン・チェンマイホテルの24階からの眺め。期待して早く起きたが若干靄がかかっていたためイマイチ。
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 今朝も食欲なし。残念だが仕方がない。
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 チェンマイからチャーター車で北に向かって出発。道は整備されているが、運ちゃんが80キロ以上でビュンビュン飛ばすのでかなり揺れる。驚いた事に、我々の車を追い越していく車が後を絶たない。ここは高速か?
 タイでも一応速度制限はあるらしいが、各自が安全と判断するマックスで走っているようだ。

 約1時間後、象のトレーニングセンターに到着。

 生まれて初めて象に乗った!車に比べて視線が高いため眺めがよい。象が歩くと上下、左右に大きく揺れるが、象との一体感が感じられて心地よい。
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 何頭もの象が隊列を作ってゆっくりと進む。壮観だ!
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 川の中も平気で進む。坂を上ったり下ったりするときは結構スリルがある。特に下るときは、手すりを持っていないと前に落ちそうになる。
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 途中何箇所か櫓があり、象はそこでバナナをもらう。その都度客は20バーツ払うことになる。断ってもいいらしいが、その前に象が食べてしまうため払わざるを得ない気持ちになる。結局60バーツ払った。
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 ガイドから一周約1時間と聞いていたが、40分くらい経ったとき、小さな集落で全員が象から下ろされた。

 こんなところで何故?ココからどうやって出発点に戻るのか?
 何とかしなければ...。歩いて行けというのか?まさか!
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 そのとき、オニヨメが「ホラ、あそこに牛車が沢山あるよ。あれに乗って行くんじゃない?そうだよ。きっと」と言う。
 「そうかなあ。ガイドは牛車の事は何も言っていなかったよ。第一行き先が分からないでしょう」
 「大丈夫だ。乗れば何とかなるさ。歩くよりはましだ」
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 かくして行き先のわからないまま牛車に乗った。他の人も次々に乗っているし大丈夫だろう...。
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 のどかな農村風景をのんびりと進むこと約15分、やっと出発点に戻る事ができた。
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 その後、象のアトラクションを見物。
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                     (続く)
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タイ旅行 その8...カントーク・ディナーショウー

 モン族の後はまっすぐチェンマイに戻りました。ラッシュアワーにかかる前だったので、30分ほどで着きました。

 本日のメインイベント?カントーク・ディナーショウ(古典舞踊を見ながら食事)までの時間を利用し、ナイトバザールを見学に出かけました。
 どこのバザールも雰囲気は似ていますが、売っている品物は少しずつ違いがあるようです。
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 指定された席に座ると、すぐに食事が運ばれました。北部の伝統料理とかで、本当は美味しいのかも知れませんが、見ただけでうんざりでした。
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 ショウが始まる前に、民族衣装を着た若い娘さんが寄ってきて、レイのような花飾りを首に掛けてくれました。するとカメラマンがすかさずパチリ。

 その時はサービスがいいなとしか思いませんでしたが、ショウが終わったとき、出来上がった写真を手にしたボーイさんがやってきて「200バーツ」と言うではありませんか!

 別に頼んだわけではないし断る事もできましたが、額入りの写真を見せられると何となく...。
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 さすがに美人揃いだし、踊りも素敵でした。ガイドさんによれば、このとき踊っていた女性は、皆、大学等で民族舞を専攻した人だそうです。

 残念だったのは、照明が逆光気味で、距離が少し遠かったことです。
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2006年12月25日

タイ旅行  その7...チェンライからチェンマイへ

12月13日

 ホテル(8階)からの眺め。まあこんなものでしょう。
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 ホテルの庭。庭木や芝の手入れは行き届いています。
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 庭から振り返って見たホテル
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 朝食。今になって見ると結構美味しそうですが...。
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 今日は、まずチェンライの西南200キロにあるチェンマイに移動し、その周辺を巡る予定です。
 
 北部の観光はこの車で回りました。もちろん冷房車です。しかし、バンコクと違い最高気温が27〜8℃でしたので、冷房が効きすぎると寒いくらいでした。ガイドさんは「今が丁度冬です。だから寒い」と言っていました。 ちなみに、バンコクでは携行した温度計が、日中はいつも33〜4℃を示していました。
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 郊外などでよく見かけました。本当に沢山乗っています。これが庶民の足だそうです。
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 交通量が多いとは思われない山道に、このような売店がぎっしり並んでいます。これで商売になるのでしょうか?
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 トイレタイムに立ち寄ったドライブインのようなところです。品物は豊富です。
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 焼き鳥も...。
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 タイの温泉です。卵を茹でていました。タイでは湯船に浸かる入浴習慣がなく、湯量も少ないため、日本式の温泉はほとんどないそうです。
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 有名な金ぴかのお寺です。名前は忘れましたが...。
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 中の仏像も金ぴかです。
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 信心深いガイドさんに促されるまま、お坊さんの前で頭を下げてお経?を聞いていると、いきなり頭の上から雨が降ってきました。びっくりする間もなく、2回、3回と続けて降ってきました。
 その後、指示されるまま右手を差し出すと、手首に紐のようなものを三重巻きつけて縛ってくれました。

 オニヨメが私と同じように右手を差し出そうとすると、ガイドさんから「女性は左手です」と注意されました。慌てて左手を差し出すと、適当な長さに切った紐?(正式の名称があるそうですが忘れました)を手の平に置いてくれました。お坊さんは女性の体に触れられないため、そうしているとか。

 ニューハーフは左手?それとも右手?

 その儀式?が終わったとき、ガイドさんから「これで、貴方も善い人になりました」といわれましたが、このような不謹慎な事を考えるようではまだまだ善い人にはなれていないようです。

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 ピンクとオレンジが混じったブーゲンビリア
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 金ぴか寺の境内にある展望台から見たチェンマイの町並みです。
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 その後、少数民族メオ族(誇り高き彼らは自らをモン族と呼ぶそうです)の部落を尋ねました。途中、ハイエースから幌付きのトラックに乗り換えました。ハイエースでも十分通れる道ですが、恐らく仕事を分け合っているのでしょう。
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 モン族の集落の風景です。

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 母親?をじっと見る子供の表情がなんとも言えず可愛かったので思わずシャッターを切りました。
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 観光用に栽培している本物のケシの花です。
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 手前がポインセチア、奥がブーゲンビリアです。チェンマイに限らず、タイでは日本では鉢植えでしか見ない花が巨木になっています。
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 モン族部落のとあるみやげ物店に入ったとき、民族衣装を着た中年女性が日本語で話しかけてきました。あまりにも流暢な日本語だったため一瞬声が出ませんでした。

 間もなく奥からご主人らしき人が出てきたことで、ようやく事情が飲み込めました。ご主人はなんと日本人でした。

 ご主人の話だと、20年近く前にタイ北部を旅行したことがあり、そのときのガイドがその女性だったそうです。
 そういえば、いつかテレビで取り上げていたような気がします。

 オニヨメ曰く「今でもあれだけ綺麗な人だから、若いころはきっと美人だったに違いない。誰でも一目惚れするかもよ」
 
 確かに美人です。私も20年前にタイ北部を旅行していたら、きっと、今頃そこで土産物を売っていたかもしれません...。

 当然、その店でついつい沢山土産物を買ってしまいました。するとご主人から「よかったら、妻と一緒に写真を撮りませんか」と言われ3人で写しました。どうしてもブログにアップしたかったし、我々だけボカシを入れるのも変なので、あえて無修正にしました。
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2006年12月24日

タイ旅行  その6...チェンライ〜

 それにしても、バンコクの新しいスワナプーム国際空港は殺風景かつ不便である。今回都合4回利用したが、案内表示が分かりにくいし、案内のアナウンスも不親切である。
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 スワナプームから約1時間10分でチェンライ空港に着いた。空港では北部担当のガイド・ウシャンさんが出迎えてくれた。
 タイ人男性で、40歳くらいか。カレッジで日本語を学び、10年ほど前からガイドをしているとのこと。昨年1年間仏門に入ったとかで、自分から「私は善い人になった」と言っていた。
 それはそれで構わないのだが、なにせ信仰心が非常に篤く、信仰心の希薄な旅行者(私)を悩ませる事になる。
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 空港から、チャーター車(ハイエース)でまず少数民族アカ族、ヤオ族が住む村に向かった。

 その途中、いきなり銃を持った数人の兵隊さんに止められた時はびっくりした。どうやら検問らしい。
 北部は、先の軍事クーデターで追放されたタクシン氏の支持者が多く、不穏な動きを警戒しての検問だった。幸い、簡単なチェックだけで通してくれたが、結構緊張した。写真を撮りたかったが、とても怖くてできなかった。

 尋ねた集落ではアカ族とヤオ族が接して暮らしているとのことだが、我々にはその区別がつかない。
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 写真を撮っていると、3、4才の小さな女の子が走りよってきて、手を差し出しながら「テン バーツ」と言うではないか。
 
 何のことか分からず、黙ってそのまま通り過ぎたら、ガイドが「一緒に写真を撮って10バーツくださいと言っているのですよ」と説明してくれた。

 そうだったのか。しかし、あんな小さな子供に直接金を渡すのは...。

 そうこうしているうち、さっきの女の子の姿が見えなくなった。

 その後、たまたま歩いてきた女性と一緒に写真を撮ったが、いまだにあの女の子と一緒に写さなかったことが心残りである。
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 村で見かけた下校途中の小学生。子供は皆可愛い!
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 アカ族、ヤオ族の次は古都チェンセーンに向かった。
 
 バンコクのそれとは全く違う仏塔を前に、例のガイド氏が熱く語ってくれたが、中身は完全に頭の中を素通りしてしまった。ただ、相当古い仏塔らしい事は分かった。
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 上の建物の中にある仏像。元々外にあったが、雨ざらしでは可愛そうということで、偉い人が小屋を建ててくれたとか。
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 ここが、かって大量の麻薬が生産され、取引されていたことで、世界中に悪名をとどろかせていた黄金の三角地帯である。メコン川を挟んで左手がミャンマー(ビルマ)、右手がラオス、そして手前がタイである。
 時々川を渡る船が見えるが、静かでとてものどかな風景である。
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 黄金の三角地帯を後にし、曲がりくねった山道を走ること約40分、国境の町メーサイに着いた時はすっかり暗くなっていた。
 そのため、対岸のミャンマーには渡ることができなかった。(50バーツ払えば橋を渡って一寸だけミャンマーに足を踏み入れる事が出来る由)

 お決まりの記念写真。暗いためミャンマーは写っていない。
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 国境の町のナイトバザール。バンコクに比べると照明が暗いが、結構賑わっている。
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 タイにしては寒いらしくアノラックなどを売っている。
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 しばらくメーサイの夜を見学し、この日の宿泊地チェンライに向かった。

 道は舗装されて広く、約1時間で到着したが、途中で2回検問に遭った。昼間は気が付かなかったが、検問所だけがめちゃくちゃ明るい。
 銃を手にした怖い顔の兵士に車内を覗かれたとき、何だか自分が映画の一場面の中に入り込んだような気持ちになった。

 宿泊するデュシュット・リゾートチェンライホテルの庭にあるレストランで夕食。またもやコースのタイ料理。思わずため息が出る。
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 口に合わなかったこと以外料理の記憶はない。しかし、生演奏をバックに若い女性歌手が、たどたどしい日本語で演歌やドラえもんを歌っていたのが印象に残った。

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タイ旅行  その5...バンコクから北部へ

 12月12日(火曜日)

 朝食はホテルのビュッフェでバイキング。
 昨晩の食べなれない高級シーフードのせいか、まだ胃がもたれた感じであまり食欲がない。仕方なく、ミルクやジュース、パン、目玉焼き、果物に手を伸ばす。どう考えても高い朝食だ。

 その後、どのホテルでも朝食バイキングの果物は、西瓜、パイナップル、マンゴー、ザボン、パパイヤとお決まりで、その切り方まで同じである。南国タイだし、トロピカルフルーツには期待していたが、はっきり言ってあまり美味しくない。まだ熟れていないのか?

 定刻7時にガイドのララさんと車が迎えに来た。少しでもラッシュを避けるため出発を早くしたらしい。

 午前中は王宮とその近くの寺院を何箇所か見学した。アメリカの元大統領ブッシュ(父)が来ているとかで、王宮の警備が物々しかった。そのあおりで見学できなかった場所が2、3箇所あった。

 王宮関係の建物内は原則写真やビデオ撮影は禁止である。寺院はほとんど許可されている。ただ、王宮も寺院も建物に入るときは必ず靴を脱がなければいけない。もちろん、スリッパなどはない。

 また、女性のノースリーブ、ズボン、ミニスカート、男性の短パンは禁止。入り口で腰布のような物を渡されるので、それを巻いて入る。無料。
 ヨーロッパ人男性が腰布を巻いた姿は実に滑稽だ。

 寺院の中でジ−パンをはいた女性がいたので、ララさんに「あの女性はズボンだけどいいの?」と聞くと、苦笑いしながら「掃除をする人です。スカートだと大変だから...」と説明してくれた。

 実に細かな細工を施した塔である。
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 近くで見ると、飾りつけは全て陶磁器、ガラスを砕いた欠片であることが分かる。
 ララさんによると、この建物を作った王様が、物を無駄にしない為、使っていた陶磁器とガラスを廃物利用したらしい。
 無駄云々と言うなら、最初からこんなもの作らなければいいのに...と思った。
 それはそれとして、ナイスアイデアであり、実に美しい。
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 この塔も美しく、遠目では上記の塔との違いは分からないが、アップで見るとその違いがよく分かる。
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 これが有名な寝釈迦仏。長さ46メートル、高さ15メートル。その大きさに圧倒される。
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 寝釈迦仏の後頭部

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 お決まりの記念撮影
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 足の裏にも細かな装飾が施されている。ララさんから詳しく説明を受けたが、全く覚えていない。要するにありがたいことらしい。
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 その後、ホテルでお決まりの昼食。何を食べたか覚えていない。ただ言えるのは、口に合うものはなかったということ。

 その後、北部の町チェンライに行く為、スワナプーム飛行場に向かった。

 当然道路は渋滞。しかし、車と車の僅かな隙間をバイクが我が物顔に走り抜ける。渋滞こそバイクの真価が発揮される。
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 ようやく高速道路に入ったがノロノロ状態が続く。運ちゃんもララさんも「高速なのに」とイライラしている。
  
 ノロノロの原因は事故だった。タイも日本同じだ。

 その後、遅れを取り戻すべく運ちゃんが飛ばし始めたのはいいが、無理な左折をするなと思った途端、ポリスに止められた。

 運ちゃんはポリスとしばらく口論していたが、結局車線変更違反などで切符を切られたらしい。

 途中いろいろあったが、何とか飛行機の時間には間に合った。

                       (続く)
 
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2006年12月23日

タイ旅行  その4...錯覚

   安いよ、安いよ!
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  400円?いいえ400バーツです

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 ナイトバザール見学中、急にオニヨメの姿が見えなくなった。

 しばらくすると何か袋を手にして戻ってきた。どうやらランチョンマットを買ったらしい。

 ニコニコしながら「これ買っちゃった。6枚で400円。最初480と言われたけど、値切ったら400にしてくれた。一枚70円にもつかないよ。安いでしょう」と言う。

 「一寸待った!400円じゃなくて400バーツでしょう?とすると、1200円だから一枚200円だよ」

 その途端オニヨメの顔から笑顔が消え、「アッそうか!ぼられた!そういえば、日本の百円ショップでも2枚百円くらいで売っていそうだよね」とボヤくことしきり...。

 次男から「買い物をしているうちに円とバーツの区別がつかなくなるから気をつけろ」と言われていたのに...。あのケチオニヨメが早々とやってしまった。その心中たるや察するに余りある。

 しかも、その後何度も同じ失敗するわけであるから、学習能力の低さが証明されたと言えよう。もっとも、かく言う私も、小額の買い物で円とバーツを勘違いした事が何度もあった。

                       (続く)

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タイ旅行  その3...まだまだ元気

バンコク初日の朝食は、次男が近くの屋台から買ってきた食べ物で済ませました。全部で100バーツ(300円)以下だそうです。
 ただ、食卓がないので、タイル張りの床の上に直接置いて食べました。

 次男によると、タイの住居の床はほとんどタイル張りで、靴は脱いで生活しているそうです。気温が高いため、素足でタイルを歩いても冷たくないのが不思議です。
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 この日はバンコク市内の寺院を何箇所か巡りました。ガイドさんには申し訳ありませんが、名前や由来などはほとんど(と言うか、全く)記憶に残っていません。写真を見て、アー行ったなと思い出す程度です。
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 ステンドグラス風の窓ガラスがとてもきれいでした。
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 幹の下の方に花が咲いて実がなる珍しい大木がありました。ガイドさんの説明ではありがたい木だとか。
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 なんと真っ白なテングダケが生えているじゃありませんか!本で読んだことはありましたが、お目にかかるのは初めてでした。

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 バイヨーク・スカイホテル:ホテルでは世界で一番背高のっぽ(84階:展望台)。その66階からの眺めです。確かに建物では経験した事がない高さです。次男に高い所がいいと希望したら、ここを取ってくれました。
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 有名な高級シーフード店だそうです。ガイドさんによれば、タイの人は宝くじでも当たらない限り行けないそうです。
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 某国のK前首相がその味を絶賛したそうですが...。半分以上残しました。トムヤンクン独特の匂い(本当は臭いと書きたい所ですが、タイ人に敬意を表して...)と味の洗礼を受け、早々とタイ料理は無理だと感じました。
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 ナイトバザールに出かけたときの様子です。オニヨメが頑張っています。
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 このときは、パスポート等が入ったウエストポーチをガードすることに必死で、ゆっくりと眺める余裕がありませんでした。

タイで感じた事...その1:飲み水は買うもの。

 日本では、どんな田舎でも食堂などに入って席に着くと必ず水が出ます。
 しかし、タイでは席に着くや否や、「お飲み物は?」と聞かれます。本当は水が飲みたくても、何となく「水を下さい」と言えず、仕方なくジュースやビールを注文しました。水だけ注文しても構わないそうですが、もちろん有料です。しかも高い!
 普通の店では500CCのペットボトル1本で10〜20バーツですが、後日乗ったホテルのナイトクルーズでは200バーツもしました。水なら安いだろうと考えたのが間違いの元。売っている水にも色々グレードがあり、私がそうとは知らず注文した水は最高級品だったようです。ちなみにジンジャーエールは140バーツでした。

 タイでは、旅行者はもちろん地元の人も、ほとんどの人がペットボトル入りの水を持ち歩いています。

 ニセコの美味しい水に感謝!!

                          (続く)

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タイ旅行 その2...どうやって使うの?

  チャーター車
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  小さなシャワー
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  アパートの窓から
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 空港には、バンコクで世話になるタイ人のガイドさんも来ていた。

 名前はMrsララさん。年は40歳半ばだろうか。少々せっかちだがテキパキとした感じの女性だった。後で分かったことだが、ご主人は治水関係の公務員で、子供は一女二男。大学で日本語を学び、10年ほど前から日本人相手のガイドをしているとのこと。流暢とは言えないが意思の疎通は十分出来るのでホッとした。

 空港からチャーターした車で次男のアパートに向かった。想像していたよりも立派な車だったので一安心。

 次男の部屋は学生が住むには十分の広さがあった。バストイレ付きであるが、節約の為お湯が出ない契約らしい。エアコンも付いているが、電気代が高いとかで扇風機で我慢している由。流しもない。

 シャワーは当然水しか出ないが、気温が高く水も生ぬるいので、お湯でなくても結構さっぱりする。次男も水シャワーだけの生活に不便を感じなていないらしい。 
 タイ人は日本のように湯船にゆっくり浸かる習慣がないらしく、ほとんどの人がシャワーしか使わないとか。

 尾籠な話で恐縮だが、問題はトイレである。タイでは用足しの後紙を使う習慣がないとかで、次男のアパートもトイレは手動式ウォシュレット?のみである。

 予め次男から聞いてはいたが、イザ使ってみると実に使いづらく、ノズルを握っている手が、お釣りの水でびしょ濡れになってしまう。

 仕方なく手を拭くためのタオルを持ってトイレに入ろうとしたら、オニヨメに「タオルをどうするの?」と咎められた。

 正直に「手が濡れるので...」と答えると、「どうして?手が濡れるわけないでしょう。どうやって洗っているの?」と言う。

 そこで、ノズルを使っている様子を再現し、「下手をすると水が顔面の方に飛んできそうだし...」と説明した。

 すると、オニヨメは呆れた様子で笑いながら「後ろから洗っていたの?前から洗えばいいじゃない。信じられない!」と言う。

 そうか、前から洗うのか!

                      (続く)

 余談 
 帰国したその日、自宅に帰り着いてから2時間後にはオニヨメの悪友Iさんから電話がありました。その時誘われたとかで、オニヨメは今日の午後にはテニスの試合に出かけました。本当に貴女はタフです!

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2006年12月22日

タイ旅行  その1...第一関門通過

  仁川(インチェン)空港内
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 出発する前からソウルのインチェン空港での乗換えが不安だった。

 飛行機が遅れたらどうしよう?広い空港で迷ったらどうしよう?等々不実な事態ばかり思い巡らせては不安に駆られていた。

 しかし、インチェン空港が近づいたときスチュワーデスから日本語で「乗り換えは37番ゲートですよ」言われ安堵した。もちろん37番ゲートだという事は知っていたが、改めてそう言われるとなぜか安心するものだ。

 37番ゲートに向かう途中、案内所らしき所があったので念のため「Where's the 37thGate?」と聞いてみた。すると、見目麗しくない案内嬢が無愛想な表情でニコリともせず、アゴでしゃくるように真っ直ぐ行けと指示するではないか!日本では考えられない接遇態度に唖然。

 矢張り日本人は嫌われているのか?折角あの優しいスチュワーデスで韓国人に対して好印象を持ったのに、これで帳消しだ!

 それはさておき、乗継までたっぷり時間があったので空港内をぶらつくことにした。

 一時間ほど歩いただろうか、疲れたので休む事にした。するとオニヨメが「のどが渇いた。何か飲みたい」と言い出した。

 ウォンを持っていなかったので「ウォンがなから買えないよ。我慢しよう」と言った。しかしオニヨメは「まだまだ時間があるし。我慢できない。何とかなる」と言い残すと再び人ごみの中に入っていった。

 それから10分後、オニヨメはジュースを手にして意気揚々と戻ってきた。

 聞けば、1万円札を出して買おうとしたが断られたので、「ウォン、チェンジ」と言ったら両替所を教えてくれたらしい。

 かくして無事乗り換えに成功し、約1時間遅れでスワナプーム空港(バンコクの新しい空港)に到着した。

 入国審査は至って簡単だった。たまたま並んだ列の審査官が、キリッとした顔の冷たい感じの女性だったので何となく嫌だなと思っていたが、パスポートと私の顔をチラッと見ただけで、無言のまま手で通るよう指示した。
 預けた手荷物についても、引換券の提示すら求められなかった。

 空港には次男が迎えに来ていた。

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2006年12月21日

無事帰国

  CLK大学
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 10日間のタイ旅行を終え、昨日無事(今のところ)帰国しました。

 何とか自宅にたどり着いた途端、緊張から解放されたためでしょうか、疲れが一度に出たらしく半ばダウン状態です。

 とりあえず荷物を整理し(実際は、トランクを開けて荷物を広げただけですが...)、10日ぶりにリキの散歩に行きました。...が、久しぶりの散歩を喜ぶと思いきや、何となく拗ねた様子でした。10日もほって置かれたからでしょう。

 オニヨメも私も食欲がなく、夕食は味噌汁と納豆、タマゴかけご飯、漬物で簡単に済ませました。

 予想通り(以上?)の珍道中でしたので、すぐブログを再開するつもりでした。しかし、ストーブの前でちょっと横になったらそのまま朝まで眠ってしまいました。

 目が覚めると少し元気を取り戻していましたので、すぐ通常の生活に戻る事ができそうです。

 もし、今日から仕事だったらかなりきついでしょうね。年金生活に感謝?

 写真は、今回の旅行の最終目的地(次男が通っている大学)です。
 旅程最後の自由行動日に次男に案内してもらいました。

 本当は、建物の中にも入りたかったのですが、次男に『友達と会ったら嫌だ。行きたかったら二人でどうぞ』と言われたので、外をグルッと回るだけにしました。

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2006年12月10日

パンツとpants

  写真@ 12月4日
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  写真A 今度来るときは...
kounatteru.jpg 

  明日(10日)からいよいよタイ旅行です。

 オニヨメは年甲斐もなくルンルン気分ですが、私はソウル空港での乗り継ぎが不安で、それどころではありません。何とかなる事を祈るのみ!

 荷物を最終チェックしてケースに詰めていると、オニヨメが「これも入れてちょうだい」と言いながら、トランクスを数枚差し出しました。私は日ごろトランクスははかないし、どうみても若者が使うような派手な柄です。

 「これどうしたの?」と聞くと、「○○チャン(次男)がメールで『パンツがほしい。来るとき少し持ってきて』と言ってきたでしょう。だから買ってきたの」だって...。

 いくら貧乏学生でも、わざわざ日本からパンツを持ってこいとは言わないでしょうに...。とんだパンツ違いのようでした。

 写真@は12月4日にニセコを離れるときの雪の様子です。今度ニセコに行くのは12月28日の予定ですので、そのころは多分写真Aのようになっていると思います。その時活躍するのが、写真@の、木に縛り付けてあるオレンジ色の雪ハネです。それがないと、家までたどり着くのが大変です。

 もしタイでもブログができるようでしたら、リアルタイムで珍道中?をお送りするつもりです。

 

 

 
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2006年12月09日

雪の国から...その7

  写真@ 軒の雪を落として、背骨の雪を除く
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  写真A やっと落ち始めました
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  写真B 雪庇がしがみ付いてます
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 天井裏を暖めて屋根の雪を落とすとしても、落ちやすくする為予め軒の先端部に覆いかぶさっている雪を落とす(実は、軒の端が分かりにくいのでとても怖い作業です)必要があります。さらに、我が家の屋根も、切妻式同様、雪が屋根の背骨部分で両側に跨いだ状態ですので、背骨部分の雪を取り除いておく必要があります。

 また、天井裏に暖気を送るとき、折りたたみ式階段用の開口部を開けただけでは能率が悪いと考え、天井裏の圧力を下げるべく、開口部の天井部から扇風機で下方向に風を送ることにしました。

 これで間違いなく落ちるはずと、自信満々で暖気を送り始めたのですが、なかなか天井裏の温度が上がりません。
 30℃以上の暖気を送っているはずなのに、12時間経っても10℃にも達しません。確かに外気温が−6度と低かったのですが、いくらなんでも能率が悪すぎます。

 結局最初のトライアルは、雪が落ち始めるまで30時間もかかりました。

 そこで、温度が上がらない原因は熱量不足と考え、それを補う為当時流行り始めていたハロゲンヒーターを導入する事にしました。

 しかし、一向に屋根裏の温度は上がりません。

 「変だ。なぜだ?」と思い悩んでいるとき、オニヨメから「風が強かったので吹き込んだんじゃない」と言われ、初めて外の冷気が屋根裏に入っていたことに気付きました。(ただ、このときは強風故吹き込んだとしか考えませんでした)

 しかし、冷たい外気の侵入を食い止める術はなく、その年の冬は途中で屋根裏への暖気送風を諦め、再び人力で雪を下ろしました。

 こうして、第一回屋根の雪下ろし大作戦は見事失敗に終わりましたが、一つだけ新しい発見がありました。
 それは、我が家のような屋根の形の場合、屋根の上部の雪庇が、屋根の端にしがみ付いた状態になって雪の落下を妨げているらしいことが分かったことです。

 ...ですが、その裏には次のような危険なことがありました。

 どうしても雪が落ちないので、屋根に上り、上端部の大きく被さっていた雪庇を落としたら、2、3分後に屋根のほぼ四分の一の雪が、ドドドドーンと大きい音を立てて落ちたではありませんか。
 当然のことですが、雪庇を落とすときは雪が落下する方向の反対にいましたので危うく難を逃れました。しかし、その数分前はまさか落ちないだろうと考え、落ちた雪の上にいたのですから...。雪庇をいじらなければ雪は落ちなかったかもしれませんが、今思い出してもぞっとします。

 その事があって以来、子供達から「お父さんの死に場所は決まったね」と言われています。

 翌年は、外気の侵入を防ぐ新方式を考え、再度「屋根の雪下ろし大作戦」を実行しました。 

                      (続く)

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2006年12月08日

雪の国から...その6

  屋根裏に通じる階段
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 家を建ててから3年目の2001年の夏、屋根裏(天井裏)に小屋を作りました。

 収納スペースを増やすと同時に、屋根裏に通じる折りたたみ式の階段用の開口部を利用して天井裏に暖気を送ることが可能になると考えたからです。

 元はといえば、他ならぬ設計士のとんだ見込み違いです。

 「生活していれば天井裏が温まり、屋根の雪は解かされて自然に落ちる」と言っていたのに、屋根の雪は、外気温がプラスの時を除き一度も落ちないじゃアありませんか!

 屋根裏小屋ができ、天井裏に上がってみて初めて分かったことですが、我が家の屋根の下には一切断熱材はなく、天井の裏(上)に30センチの断熱材がありました。すなわち、屋根裏は、軒天ボードと壁面の空気孔により絶えず外気が循環していたのです。(もちろん、図面はそうなっていましたが...。)
 
 これでは、いくら住んでいても屋根裏の温度が雪が解けるほど上がるはずがありません。実際に階段口を閉じて計測してみたら、生活することによる屋根裏温度の上昇はMAXで3度でした。

 これまでの「雪の国から」に書いたように、最初の冬のあの忌まわしい事故に始まり、3シーズン連続で苦労させられたため、天井裏を暖めさえすれば雪は落ちると思い続けていました。

 設計士に「天井裏に暖気を送りたいが」と相談したら、即座に「結露が心配だから止めた方がいい」と言われました。

 結露のことくらい私にも分かります。そこで、「暖気を送ると同時に強力な除湿機を稼動させてはどうか」と提案したところ、設計士は渋々OKしました。

 かくして、私の「屋根の雪落とし大作戦」が始まりましたが、所詮素人でした。 
 いざ始めてみると、想定外のことが次々に起こりました。

                       (続く)

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2006年12月07日

ニセコの家の条件

 「よく降りますね」、「全く」、「勘弁してほしいですね」、「そうですね」

 冬になると、毎日のように繰り返される別荘区での挨拶です。
 
 今回は、冬の我が別荘区にご案内したいと思います。現在雪はまだこれほど積もっていませんが、1,2月になると間違いなく訪れる風景です。
 
 散歩道は こんな感じです。晴れた日はまさに銀世界です。

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 きれいでしょう?
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 すごいでしょう? 
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 二階の窓が見えません!
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 入り口はどこ?
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 さすがに丸ログは丈夫ですね
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 僅かに煙突の形が...
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 このお宅も丈夫です
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 大好きな写真です。上にも同じ家の写真がありますが、風情が違いますね。このままクリスマスカードになりそうです。
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 私は経験(失敗?)を通じて、ニセコの家の条件は、「とにかく頑丈で、形は単純であること」だと痛感しました。

 次回からまた「雪の国から」に戻りたいと思っています。

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posted by tosshy at 16:37| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ちょっと一息

 「雪の国から...その6」に進む前に、こんな雪景色はいかがでしょうか?

 癒される時もあれば憂鬱になる時もあります。

  年に何度か見ることができる茜色の羊蹄山-2.jpg

  陽が昇ると枝の雪はほとんど落ちます

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  サンピラー?
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  幻日?
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  散歩の途中、振り返るとそこに...
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  道を挟んだお向かいの灯りに暖かさを感じます。

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 次回は、我が別荘区の真冬の様子(早い話が家がどうなっているか)を、ほんの一部ですがご覧に入れたいと考えています。

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2006年12月06日

雪の国から...その5

  ココに梯子を掛けて上ります
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  夏、南から見た家
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  冬、南から見た家
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憧れのニセコにやっと家を建てましたが、その年の冬(1998〜99年)いきなり強烈なパンチを喰らいました。

 それにすっかり懲りましたので、翌年の冬は屋根の雪下ろしと軒下の雪の排雪(雪を脇に退けるだけの除雪ではありません。雪をダンプカー等で他所に運んで捨てることです。広辞苑は同義としていますが、雪国では使い分けています)をすることにしました。

 我が家の屋根は勾配が小さいので、雪下ろしは素人でもできます。二年目と三年目は一冬に3回ずつ家族総出(とは言っても女性軍の援助はなく、野郎だけ。しかも2/3は高齢者単独)で下ろしました。

 しかし、排雪だけは業者に頼まざるを得ません。1シーズンに2回は必要です。出費も馬鹿になりませんが、軒が折れた場合のことを考えれば安い?ものです。
 幸い、我が家は周りが林ですので、ダンプカーで搬出するまでもなく、そこに吹き飛ばす事ができます。その分、札幌の排雪料金に比べると割安のようです。

 こうして1999年と2000年の冬は、降雪量が例年よりも少なかったこともあり、何とか無事に乗り切る事ができました。 
 しかし、2001年の夏、天井裏に収納スペースを作ったことから、01年の冬以降屋根の雪下ろし作業が大きく変わります。

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2006年12月05日

雪の国から...その4

 三月上旬に行ったときの我が家の状況です。軒が折れています。家は潰れませんでしたがショックでした。雪が降る前と比べてください。

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 風呂場付近の雪の様子です。降る前と比べてください。

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 家全体の様子です。地面から軒まで5メートル以上ありますが、すっかり雪に埋もれてしまいました。これで潰れなかったのが不思議です。

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 その年は年間降雪量が14メートルを越す豪雪でしたので、もちろん保険の申請をしました。しかし、新築を理由に雪害とは認定されず、残念ながら1円も出ませんでした。これまたショック!!

 折れた軒は元通りに直り、軒の強度も倍になりました。しかし、工事に立ち会わなかった私も悪いのですが、業者は折れた側だけしか強化していませんでした。

 数年後、そのときのミスが原因で、とんでもない恐怖を体験する事になろうとは...。

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雪の国から...その3

  雪が降る前のアプローチ
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  「お宅が大雪で大変です!」
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  雪山に上ってみると
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  横から見ると
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 「...その2」(11月26日)では、家を建てた年にいきなり起きた、水道管の凍結による破裂事故をお伝えしました。

 その事故で70トンもの水が漏水しましたが、業者さんの必死のフォロー(当然ですが...)で、その年のクリスマスと正月を新居で快適に過ごし、満たされた気持ちで札幌に戻りました。

 その後仕事が忙しく(当時はまだ現役で、一応人並みに真面目に働いていました)、なかなかニセコに行く事ができませんでした。

 すると、2月中旬、管理会社のE氏から、「大雪でお宅が大変です!写真を送ります」と連絡がありました。

 驚天動地!怒りの気持ちを努めて抑えながら、「雪は落ちる」と胸を張った、憎きあの設計士に我が家の様子を伝えて善処方を依頼しました。

 しかし時すでに遅し...。数日後設計士と業者が様子を見に行った時は、哀れ新築の我が家は、軒の一部が無残に折れていたそうです。

 幸い?「潰れるほどひどくはない。時期的に工事は不可能」ということで、2メートル近くあった屋根の雪を下ろしただけで、改修工事は雪解けを待つことになりました。

                             (続く)

 

 
 
 
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2006年12月04日

ぎりぎりセーフ

  ドウダンの雪囲い
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  デッキ下に積んだ薪
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  板をはずしたデッキ
itahazusi.jpg 

 何度も経験がありますが、雪の中での冬支度は大変です。
 手袋のままだと細かい作業が難しく、素手だと手が悴みます。また、一寸目を離すと、そこに置いたはずの道具が新雪に埋もれて見えなくなります。そうなると、雪解けまでまず見つかりません。

 しかし、今年は雪が平年よりも遅かったおかげで、比較的楽に冬の支度をすることができました。

 薪積み。樹木の雪囲い。デッキの板はずし。デッキで使っていたバーベキューコンロ、テーブル、イス、物干し竿・台、バイク、看板などを地下(床下)室に収納する。二段梯子、脚立をデッキに上げる。土台部の換気口をスタイロホームで塞ぐ。地下室に保温庫を組み立て、ジャガイモ、玉ねぎ、リンゴ、タケノコの瓶詰め等を収納する。等々。

 これらの仕事を終えた後、オニヨメと「このまま降らなければいいね」と話したのが雪の神様に聞こえたらしく、その日の午後から雪、雪、雪です。
 ニセコに行くのが2、3日遅かったら完全にアウトでした。

 今日ニセコを離れるとき、積雪は50センチを越していました。

 これまでのワースト3に入ると思われるほどの、激しいホワイトアウトの中を必死の思いで札幌にたどりつくと、市街地の積雪はわずか3、4センチでした。

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