2013年06月30日
いくら北海道でも寒すぎる。
2013年06月29日
退屈、無駄、焦燥

早いもので帰国後約2週間が過ぎた。
そろそろ疲れが出て来るころ?と聞いていたが 今のところその兆候はない。
ただ なかなか体重が戻らないのが気になる。
それにしても退屈だ。
犬の散歩と流しの後片付け以外特にすることがないからだ。
と同時に毎日をムダに過ごしているような気がしてならない。
やりたいこと、できることが見つからないのは何故?
などと考えているうちはまだ大丈夫。
しかし 今の この生活を退屈だと感じなくなったら・・・。
それこそ B−O−K−E の始まり?

ニセアカシアの花が散り始め 道路はまるで白い絨毯。
しかしそれも束の間。
ニセアカシアの白い花びらは散るとベージュから薄茶色へと変色しやすく
2,3日もしないうちに汚いゴミ道路になる。

応援(クリック)してくださいね。
欄外の『索引』は過去ログへの近道です。画像一覧もあります。ご利用ください。
2013年06月28日
粋な計らい?
2013年06月27日
長い、長〜い1ヶ月だった。
2013年06月26日
女と男の感性の違いなのか・・・。


帰国後 例の『老いらくの恋』疑惑について 年代が異なる複数の女性に尋ねたところ
全員がヨメと全く同じ考えだった。
すなわち 『若い女性を下宿させるなど言語道断』とのことだった。
しかも その理由も申し合わせたように符合していたので驚いた。
『家は妻にとっては自分の城。そこに他人が入ることだけでも
食事の世話に始まり、家計への影響、送り迎えなど全てが負担になる。
まして夫のお気に入りの若い娘となると到底許しがたい。
そもそも そのような若い娘を家に引き込もうとする発想が理解しがたい』
とのこと。
そして 『事を未然に防ごうとした奥さんの行為は当然だ』と口をそろえて言っていた。
男性の中には私の発案に『分るような気がする』とか『面白そうだ』
と言ってくれた人もいたが 私をサポートしてくれる力強さはない。
どうやら完全に白旗を揚げるしかなさそうだ。


応援(クリック)してくださいね。
欄外の『索引』は過去ログへの近道です。画像一覧もあります。ご利用ください。
2013年06月25日
3箇月ぶりの定期検診

3箇月ぶりに循環器内科の定期検診を受けた。
この3ヶ月間ず〜っと血圧が安定していたし
体調もすこぶる良かったので全く不安はなかった。
結果はもちろん異常なし。
ハノイの排気ガスと埃に汚染されたあの空気の中 しかもあの猛暑の中
3ヶ月間体調を維持できたことは 基礎体力があることの証明?
しかし すっかり貯金を使い果たした状態なので
減った体重を早く戻さないと突然ガタが来る可能性がある。

近くの河川敷では今日も高齢者がパークゴルフを楽しんでいる。
後方のニセアカシアの真っ白い花がちょうど満開。


独特の甘い香りがかなり遠くまで漂ってくる。
この花から採れる蜂蜜はとても美味しい。

応援(クリック)してくださいね。
欄外の『索引』は過去ログへの近道です。画像一覧もあります。ご利用ください。
2013年06月24日
カプセルホテルに泊まる
2013年06月23日
2013年06月22日
寂れ行く故郷


懸念された台風の影響はほとんどなく ほぼ定刻に福岡についた。
普通に買えば片道51000円もするらしいが
シルバーサービスの恩恵を受け12000円で済んだ。
福岡(博多)から新幹線に乗り継いで徳山へ。
徳山市は高校まで住んでいた町。
今は名前が周南市に変わっているが 私の故郷はやはり徳山だ。
嬉しいことにJRの駅名だって徳山のまま残っている。
なお 本籍は2年前に徳山から札幌に移した。取り寄せる時面倒だからだ。


一番賑やかな商店街では早々と七夕の飾り付けが。
それにしても人通りが少ない。
ハノイから帰ったばかりなので余計そう感じるのか?
この町もご他聞に漏れず衰退の一途を辿っているらしい。
この街にもあった。

町の中心部の至るところにこの立て札がある。
喫煙者にとっては辛いことだろう。
タバコは値上がりするは ちょっと油断すると過料まで取られるは・・・。
この際 いっそのことタバコを止めたら?

応援(クリック)してくださいね。
欄外の『索引』は過去ログへの近道です。画像一覧もあります。ご利用ください。
2013年06月21日
明日山口へ向かう。


葬儀に参列できなかった兄の四十九日に出席するため しばらくニセコを離れる。
明日 福岡経由で徳山入りする予定。
首尾よくシルバーサービスが受けられればいいのだが・・・。

倶知安市街地から京極町に向かって車で5分も走ると 長閑な田園風景が広がる。
残念ながら雲で羊蹄山は見えない。
建物の形こそ違うが ハノイ郊外の風景ととてもよく似ている。
コガタスズメバチの巣?

野津幌川の土手下を散歩中偶然見つけた。
まだ作り始めたばかりで これからドンドン成長するはず。
その経過を観察したいが うっかり近づくと危険?

応援(クリック)してくださいね。
欄外の『索引』は過去ログへの近道です。画像一覧もあります。ご利用ください。
2013年06月20日
一応完成したが・・・。
2013年06月19日
だんだんニセコの生活に。
2013年06月18日
ダイエットしたければベトナムだ!?

栄養には気をつけて食べていたが
ハノイにいた3箇月弱で体重が4キロも減っていた。
食べる絶対量が少なかったのと 夜食をほとんど食べていなかったからか?
しかし 多少の疲れは残っているものの 体調はすこぶる良い。
また 新陳代謝がますます良くなったらしく
体年齢が3ヶ月前に比べて4歳も若返り46歳になっていた。
これで顔のシワさえなければもっと自信がもてるところだが
激しく痩せたせいで シワが増えるは深くなるはと悲惨な状態だ。
早く体重を戻して少しでもシワを少なくしたい。


クローズしたままになっていた薪小屋をオープンし
畑に新しく苗用の温室を作り
モモと散歩することなどで すっかり忘れていたニセコライフが少しずつ蘇ってくる。はず。
それとは逆に ハノイライフが次第に遠ざかっていく。はず。

応援(クリック)してくださいね。
欄外の『索引』は過去ログへの近道です。画像一覧もあります。ご利用ください。
2013年06月17日
ニセコに戻ってきました。
2013年06月16日
2013年06月15日
ハノイ最後の夜


ハノイ最後の夜はホアンキエム湖畔のビル内の日本食レストランへ行った。
普通は最後だからベトナム料理を と考えるかも知れないが
私はやはり日本食(風)を選択した。
食事の後


週末だけ開かれる旧市街のナイトバザールを見に行った。
一応歩行者天国のはずだが 時々バイクが通るので油断できない。
さらに バイク以上に危険なのがスリ。
なお 売っている商品はほとんどが Made in Ch●n● とか。
そこから5〜6分歩くと

有名な観光スポット ハノイ大教会前の広場に出る。
初めて夜の大教会を見たが 昼間とは違った趣がある。
右上の月も悪くない。
こうしてハノイ最後の夜は静かに終わった。

応援(クリック)してくださいね。
欄外の『索引』は過去ログへの近道です。画像一覧もあります。ご利用ください。
2013年06月14日
今頃ニセコはこんな感じ?
2013年06月13日
外食三昧の日々か・・・。

一口に『外食』と言ってもその意味は色々ある。
家族や友人と楽しむ外食もあれば 単身者が一人寂しく食べる外食もある。
また 日本で言うところの外食と
ここベトナムで使う外食は少し意味合いが異なる。
さらに ベトナムの外食も レストランや居酒屋を利用する場合もあれば


歩道上のこのような場所で

このような物を食べる外食もある。
レストランだと 一人最低15万ドン(約750円)はかかるが
ここだと 一人3万ドン(約150円)で済む。
しかし この食事では 一日一回の栄養補給にはならないので
やむなくレストランか居酒屋に行っていた。
確かにレストランや居酒屋に行くと高くつくので
日本でのいわゆる外食と同列に考えられても仕方がないが
健康と体力を維持する上で止むを得なかったし
そのほとんどが楽しみとは無縁の外食だった。
とは言え 好き好んでベトナムに来たのだから
このような言い訳はまったく通じない。
『三ヶ月間外食三昧の日々を送っていた』
の一言で片付けられても返す言葉はない。

応援(クリック)してくださいね。
欄外の『索引』は過去ログへの近道です。画像一覧もあります。ご利用ください。
2013年06月12日
早く家でご飯を食べたい!
2013年06月11日
2ヵ月半で10歳老けてしまった。

二ヶ月前の写真と鏡の中の自分の姿を見比べて愕然。
自分でもかなり体重が減っただろうなとは思っていたがまさかこれ程までに・・・。
すっかり頬がこけ まるで別人のようになってしまった。
体重計がないので具体的数字は分らないが

ベルトの穴二つ分細くなった。
痩せた原因は簡単。 食生活だ。
朝はパン1個、チーズ一切れと牛乳、昼は袋麺、夕方は弁当か外食(日本食)。
このパターンをくり返していた。
一日1回外食をして栄養補給をしてきたつもりだがやはり足りなかった。
特に動物性蛋白質が不足していたと思っている。
大好きな卵は高いし衛生面の不安から一度も買わなかった。
肉(牛、豚、鶏)も日本に比べて超硬いため とても買って食べる気にならなかった。
外食しても肉の硬さは同じで 一応咀嚼は試みるがほとんど残していた。
ベトナムの高齢者はきっと歯が丈夫なんだろうな・・・。
たまに魚料理を注文したが 元々それほど魚は好きではないので
せいぜい1週間に1回くらいだった。
その結果が こうしてはっきりと現われたということだろう。
幸い今のところ体調は全く悪くない。
それどころか 北海道にいたとき辛かった鼻炎が治ったし
膝や足首の痛みもすっかり消えた。
どちらも寒さから解放されたからだと思う。
ただ 体重が減った分基礎体力は間違いなく落ちていると思う。
日本に帰ったらしっかり食べて体重を増やし 落ちた体力を取り戻したい。

応援(クリック)してくださいね。
欄外の『索引』は過去ログへの近道です。画像一覧もあります。ご利用ください。
2013年06月10日
やはり1週間遅かったか・・・。
2013年06月09日
こんな近くに こんな素敵な空間が・・・。

今日 生徒たちが
THANH CHUONG VIET PALACE
に案内してくれた。
ベトナムの高名な作家と その息子でこれまた高名な画家のミュージアムだそうだ。
まず ハノイ市内からバスで北に約1時間。
初めてハノイバスに乗ったわけだが 私がノーガードにみえたらしく
再三生徒たちから『カメラなどに気をつけてください』と注意された。
それだけ油断できないということらしい。
バスを降り そこからタクシーに乗り換えて約15分。
のどかな田園風景の先にこんもりとした森が見えてくる。
その中に THANH CHUONG VIET PALACE がある。







ハノイからさほど遠くないところに こんな素敵なところがあるとは・・・。
観光スポットになっていないのが不思議でならない。
ここに住めと言われたら答えはNOだが
1週間くらいだったら滞在してもいいかなと思った。
ハノイ市内と違いとても静かだし 何より落ち着いた佇まいが素晴らしい。
きっと 都会で疲れきった心を癒してくれるだろう。

応援(クリック)してくださいね。
欄外の『索引』は過去ログへの近道です。画像一覧もあります。ご利用ください。
2013年06月08日
2013年06月07日のつぶやき
toshihanoi / toshi-
『そろそろ頭を切り替えないと・・・ベトナムから日本へ。』たかがニセコされどニセコやはりニセコ|http://t.co/9Vi8wERdPS at 06/07 16:20
そろそろ頭を切り替えないと・・・ベトナムから日本へ。

日本にいたときは

毎日が モモ中心の生活だった。
しかし ハノイに来てからは目の前の生活に追われ(楽しさにのめり込み)
モモのことは全く思い出さなかった。
というより すっかり忘れていた。
しかし 帰国が近づくとイヤでも思い出す。
まず 日課だった散歩が待っている。
そして シャンプーだ。

なぜかシャンプーは私の役目になっており
私がいない間は一度もシャンプーをしていないらしい。
こうして少しずつ頭をベトナムから日本へと切り替えなければいけない。
特に今回はお脳の配線が相当狂ってしまっているので・・・。

応援(クリック)してくださいね。
欄外の『索引』は過去ログへの近道です。画像一覧もあります。ご利用ください。
2013年06月07日
人あっての国なんだよなぁ・・・。

いつも授業開始の15分前には教室に着いているが
生徒たちはギリギリにならないと来ないので
近くの公園のベンチに座って行き交う人々をぼんやり眺めている。

未だ涼しいからか 朝の公園を
幼い子供を連れた高齢者がのんびりと歩いている。
このように 爺さん、婆さんが孫の面倒を見ている姿に平和を感じる。
それにしても この国は1,2歳の子供が多い。
さらに お腹の大きい若い女性も目に付く。
ベトナムは まさにベビーブーム?
それにひきかえ我が日本は 少子高齢化の道を邁進している。
政府はもちろん 国民自身が真剣に考える必要があると思う。
一刻も早く・・・。

応援(クリック)してくださいね。
欄外の『索引』は過去ログへの近道です。画像一覧もあります。ご利用ください。
2013年06月06日
約2ヵ月半こんな食生活を送っていた。

ハノイで暮らしていて 苦労したことは沢山ある。
中でも苦労したのが毎日の食事だった。
健康を維持するためには三食しっかり摂らなければならないが
朝は ほとんど

牛乳とパン。
牛乳は日本と違いロングライフしかなく とてもまずい。
パンは必ずパリ・ガトウという店で買っていた。
ハノイにしてはキレイな店で 値段も他の店の1.5〜2倍と高い。
また 1階がCAFEでワイハイフリーなのでいつも学生がたむろしている。
最初は珍しかったしそこそこに美味しいと思ったが
1ヶ月もするとこの店のパン全種類を食べつくし 段々飽きて来た。
しかし 悲しいかな 歩いて行ける範囲にはこの店に代わるパン屋がない。
一度スーパーで菓子パンを買ってみたが
外はパサパサだし中のクリームも半乾燥状態で超まずく
半分食べるのが精一杯だった。
それ以来 毎日その店で2,3個買っている。
1個平均2〜2.5万ドン(100〜130円)。
昼か夜のどちらか一回は しっかり栄養を摂るため日本食(風)レストランで外食。
因みに今日の昼は

これで 一人当たり約10万ドン(約500円)。
もし飲み物を注文すると一人当たり2〜5万ドン高くなる。
幸いこの店は冷たいお茶が無料なので 飲み物をパスできる。
で 昼にこれだけ食べたら 夜は基本的に

5万ドンのこの弁当。
もし 夕食を外で食べるときは
昼はメイドイン・ベトナムの袋麺と果物(マンゴーかオレンジ)。
袋麺は一袋3200〜5000ドン(15〜25円)と安く味も値段相当。
このマンゴーとオレンジで10万ドン。
マンゴーは大きいので 1個を2回に分けて食べる。
オレンジは一回に1個。
とにもかくにも ここまで何とか体調を崩さずやってきたが
やはり長期間滞在するときは自炊が一番だと思う。
自分の口あったものが食べられるし 何より経済的だ。
と ここでの食生活のノウハウが分ってきたが 後十日でお別れだ。。

応援(クリック)してくださいね。
欄外の『索引』は過去ログへの近道です。画像一覧もあります。ご利用ください。
2013年06月05日
・・・やはりニセコだった。

昨日の午前中からネットが繋がらない状態が続いたが 深夜ようやく復活。
しかし朝起きるとまた繋がらないのでがっかり。
さきほど再び繋がったがいつまた切れるか分らない。
先日友人とニセコに行った長女から
我が家のデッキから写した羊蹄山の写真を送ってきた。
羊蹄山、5月30日

こうしてみるとやはり美しい山だ。
ハノイもいいけど・・・やはりニセコ(羊蹄山)だとあらためて思った。
帰国まであと10日。
色々夢を描いていたが、かなり困難だと分ってきた。
しっかり気持ちを整理してハノイを離れたい。
二度と戻ることがないであろうハノイに別れを告げて・・・。

応援(クリック)してくださいね。
欄外の『索引』は過去ログへの近道です。画像一覧もあります。ご利用ください。
2013年06月04日
2013年06月03日
確かに 火のないところに煙は立たない。

歌人川田順と同じ病に倒れ 1週間ほど生死の境をさまよい
一時はこのままこの地で朽ち果てるかもしれないと覚悟した。
しかし 家族の献身的愛と看護に助けられ ようやく社会復帰のめどが立つまで回復した。
昨日は 炎天下半日歩き回って土産を探し

この店などで

かなり買うことができた。
途中 暑さと喉の渇きに耐え切れず

入ったこのCafeがとても趣があり素敵だった。
この街にも 路地裏に入るとこんな店があるんだ・・・。
ただ クーラーがなかったのが残念。
ちなみに ジュース(パイン、グアバ)2杯で55000VD(約275円)。
この地を離れるまであと10日余り、しっかり気持ちの整理をしておきたい。
再びこの地に戻るのか それとも二度と戻ってこないのか・・・。
日本の高齢者(65歳以上)の15%は痴呆で、13%がその予備軍だとか。
高齢者が10人いたら その内3人弱は痴呆予備軍以上という驚くべき数字だ。
私は 今日本で生活するようになっても必ずしも痴呆になるとは思っていない。
しかし 家族はそれを恐れている。 日本では刺激がなさ過ぎるからだ。
確かにマンネリ化してしまったあの生活に戻るのは怖い。
さりとて再びベトナムに来るとしたら
肉体的負担はもちろん 金銭的負担、家庭への負担は大きく
簡単には結論を出せない。
今日も生徒たちから『先生が戻ってきてくれたら嬉しい!』と言われた。
今度の土曜日には 皆で
ハノイからバスで行ける観光地に連れて行ってくれるらしい。
今の生徒たち(大学3年生)のために せめて後1回ベトナムに来たい。
しかし 今回は無駄が多すぎた。
交通費(タクシー代)、教室の使用料、そして外食だ。
そこを改善すれば 経済的負担はかなり小さくなるはずで、
その青写真もできつつあるのだが・・・。

応援(クリック)してくださいね。
欄外の『索引』は過去ログへの近道です。画像一覧もあります。ご利用ください。
2013年06月02日
2013年06月01日

