2016年06月23日

どうせ死ぬときは一人だ。


ブログランキング"banner_02.gif"




622-yo-de-yu.jpg

「卒婚」とは、結婚という形を維持しながらも、

 夫と妻が互いに干渉せず、それぞれの人生を自由に歩んでいくという夫婦関係で、

 夫が定年を迎え、子育ても終わった中高年の夫婦に危機が訪れた時の、

 離婚、別居あるいは仮面夫婦以外の選択肢として提唱された。

 さて、我々夫婦の場合はどうだろう?

 私はとうてい理解できないが、ヨメはきっと賛成する?

 すでにそれに近い行動をしているからだ。

 言い換えれば、私には不満が溜まっているということ。

 そのヨメは明日、私を残して札幌に行く。

 一緒に行けばいいのに? それも考えた。

 しかし、私は、ニセコだとしたいことが山ほどあるが、

 札幌に行ったら、それこそ何もすることがない。

 こんな状態が続くと、高齢の我々夫婦は相手の死に目に会えない可能性が大きい。

 しばらく連絡がないなと思っていたら・・・ってことは十分ありうる。

 まあ、それはそれで仕方がない。

 そもそも、死ぬときヨメに手を握られて死にたいとも思わない?

 どうせなら若い姉ちゃんに・・・。でも、だったら死にたくないだろうな。

  



ブログランキング"banner_02.gif"



応援(クリック)してくださいね。
欄外の『索引』は過去ログへの近道です。画像一覧もあります。ご利用ください。
  







posted by tosshy at 01:08| Comment(2) | 日記12 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
妻は、北海道へ三日間の旅行(私が、一昨年行ったガーデン巡り)で、今日帰宅。花はどこも良かったが、曇りがち時々雨模様で、十勝連峰(幌尻岳)が見えず、残念とのこと。先月中旬、私が風邪をひき、感染予防の為、妻は和室で就寝、完治まで2週間かかりました。完治後も、妻は、寝室に戻りません。私の鼾で安眠が妨げられたり、加齢臭が嫌など、理由が明白で、頷けます。41年一緒に暮らしてきて、自由気ままな時と場所も必要になってきたのでしょう。
Posted by じいじ at 2016年06月23日 20:56
 お互いに納得しているのであればそれはそれでいいと思います。ただ、どちらかが不満を感じているとしたら、それが次第に蓄積され、どこかで弾ける危険性があると思います。

 あるいは、我慢に我慢を重ねておさらばってことに。相手はそのことに気づかないまま・・・。そして遺された彼女(彼)は言うでしょう。「思いやりのある、優しい人だったね。」と。

 それもある意味幸せなのでしょう。
Posted by オニヨメの夫 at 2016年06月24日 00:34
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

ブログランキング"banner_02.gif"

cropped-cropped-Logo-SKV02.png
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。